ナノ構造情報のフロンティア開拓 - 材料科学の新展開

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研究紹介
材料科学と情報科学の調和

実験や理論計算で得られたデータを活用し、統計学習によって新材料や機能を探索したり、材料特性を制御する因子を探究するアプローチは、「マテリアルズ・インフォマティクス」と呼ばれ、近年注目を集めています。このような展開は、データ科学の応用としては自然な流れですが、本領域研究を立案した2012年頃には、材料科学と情報科学の両方が理解でき、それを実践している研究者は、国内はおろか、国際的にもほとんどいませんでした。本領域は、そのような手探りの状態から始まったのです。そこで、両分野の若手研究者を中心に定期的な会合を重ねて研究目標や専門用語を共有することに努め、いくつもの共同研究を開始しました。
その結果が、独創的な成果として結実しました。たとえば統計学習を想定した効率的なデータ収集の手法開拓に努めた結果、コストの高い第一原理計算で全探索空間を網羅するのではなく、少数データの統計学習によって効率的に同等の情報を獲得できるようになりました。これにより、探索に要する時間が短縮できるだけでなく、定められた研究時間の中で探索空間を大幅に拡張することが可能になりました。従来の材料探索が網羅的なデータベースを構築した後に探索を実施していたのとは、効率の上で決定的な違いが生じることになったのです。

材料 - 情報連携タスクフォース

材料科学と情報科学の密接な連携を達成するために、領域代表者を中心として両分野の研究者がタスクフォースを形成し、月1度以上の会合を通じて意思疎通を図りました。研究目標や専門用語を共有することに努めたことが奏功し、当初の期待を超えるスピードで融合研究の成果が上がりました。

仮想スクリーニング法による高効率な新物質・新機能の発見

材料科学の一般的な問題では、探索範囲の全数についての特性データが存在することは稀です。そのため、探索範囲内の一部データのみを使って機械学習し、構築したモデルに基づいて残りの物質の特性を予測し、効率良くスクリーニングを進める方法が有効です。これは「仮想スクリーニング法」と呼ばれており、研究開発の時間が短縮できるだけでなく、同一時間をかけたときの探索範囲を大幅に拡張できます。

本領域では、超低熱伝導度物質について仮想スクリーニングを実施し、従来知られている低熱伝導度物質に比べて、1桁以上熱伝導度が低い物質を効率的に多数見つけ出すことに成功しました。初期データとして用いたのは、自ら開発した第一原理法による非調和フォノン計算の結果で、格子熱伝導度を実験と比肩する精度で計算することが可能です。しかし、計算コストが高いために、多くの物質について実施することは現実的ではありません。

本研究では、約100種類の物質についての計算結果をもとに、既知物質55,000件の探索範囲の中から300Kで0.1W/mKレベルの超低熱伝導度物質を効率的に見つけ出すことに成功しました。これは、新しい熱電変換材料の開発において、選択肢を大幅に拡げるものです。

A. Seko et al. Phys. Rev. Lett. 115 (2015) 205901.

第一原理計算とベイズ最適化による複雑なイオン伝導経路の探索

固体のイオン伝導性を理論的に予測するひとつの方法として、結晶中における伝導キャリアのポテンシャルエネルギー曲面 (PES) マッピングがあります。これは、ホスト結晶中に細かいグリッドを導入し、各グリッド点でキャリアのPE計算を網羅的に行う方法で、その計算コストは、結晶の対称性低下とともに急激に増大します。

本領域では、第一原理計算とベイズ最適化を組み合わせることで、高速かつ高精度でPESを評価する方法論を構築しました。具体的には、イオン伝導を支配する領域が結晶全体の一部分であることに着目し、その支配領域のみを選択的に評価するものです。この手法を用いてプロトン伝導性を有する立方晶ペロブスカイト型BaZrO3のPESを評価したところ、全1,768点のグリッド点のうち30点程度の評価で長距離伝導に対するポテンシャル障壁ΔEmigを精確に見積もることに成功しました。さらに、伝導に異方性のある正方晶シーライト型LaNbO4に対しても同様の評価を行ったところ、100点程度の評価でab面内およびc軸方向のΔEmigを見積もることができました。

このPES評価手法を用いれば、膨大な多元系材料を高速かつ高精度でスクリーニングでき、理論計算主導の固体イオニクス材料探索が実現できます。

K. Toyoura et al. Phys. Rev. B 93 (2016) 054112.

材料科学者をサポートする機械学習ソフトウエアの開発

材料科学の研究者が、機械学習を使用して研究を行うことは、必ずしも簡単ではありません。もし、何もないところから機械学習アルゴリズムのコーディングを行わなければならないとしたら、大変多くの手間と時間を必要としてしまい、実際の研究にとりかかるのが大幅に遅れてしまうでしょう。本領域では、物質探索に不可欠なベイズ最適化アルゴリズムのソフトウエア「COMBO」を開発し、2016年に一般に公開しました。材料研究者に簡単に使用していただくため、パラメータのチューニングが不要になるように工夫を行いました。また、大量のデータを高速に扱えるようなアルゴリズムを採用しました。

現在では、国内外の多くの研究者に利用されており、たとえば本領域では、最適な界面構造の発見に活用され、網羅的探索に比べ100倍以上の効率化に成功しました。さらに探索空間が大きくなる場合には、コンピュータ囲碁で採用されているモンテカルロ木探索 (MCTS) が有用です。下図は、MCTSを物質の原子配列について探索に活用するために本領域で開発したソフトウエア「MDTS」の概念図です。材料開発には、このような多種多様な機械学習アルゴリズムが必要です。

T. Ueno et al. Materials Discovery 4 (2016) 18.