ナノ構造情報のフロンティア開拓 - 材料科学の新展開

MENU

研究紹介
ナノ材料科学のフロンティア開拓

さまざまな材料特性において、材料の表面、界面、点欠陥等に局在した特徴的な原子配列や電子状態が決定的な役割を持ちます。これらの材料のナノ構造と特性との相関性を理解したうえで、的確な材料設計を進めるのが、ナノ材料科学の中心的なパラダイムです。近年になり、材料のナノ構造の定量的情報を直接的に得るための実験や理論計算は格段に進歩しました。新しい手法が開拓されると、それに伴ってナノ材料科学も大きく進展します。

本領域では、走査型透過電子顕微鏡 (STEM) による原子像観察や分光分析、原子間力顕微鏡などの実験と第一原理計算、そしてナノ構造ビルトイン創製技術を組み合わせたナノ材料科学のフロンティア開拓に注力し、世界に先駆けて多くの成果を上げることに成功しました。さらに情報科学研究者との共同研究により、実験データを統計学習に基づいて解析する手法を開拓し、ナノ構造からの磁気モーメント分析や元素/サイト選択的分光分析を可能にしました。これらの手法は領域内で具体的な材料開発研究に適用され、大きな成果に繋がりました。

セラミックス粒界の解析・粒界インフォマティクス


機械学習により得られたPredictorが粒界構造を予測

ジルコニア粒界のSTEM像及びEDSマッピング結果

セラミックスの材料特性は、材料内部に無数に存在する粒界と密接に関連しています。したがって高性能で高機能なセラミックスを開発するためには、個々の粒界の構造-機能相関を本質的に解明し、的確に制御する必要があります。しかし、粒界は方位関係の異なる結晶同士が原子レベルで接合した界面で、その構造の本質はわずか1ナノメートル以下の領域に形成されるバルク結晶とは異なった原子構造(超構造)にあります。

そこで本領域では、最先端のナノ計測技術と情報科学的手法を高度に融合させ、セラミックス粒界の諸現象の本質的解明と安定構造の効率的予測に革新をもたらすべく研究を推進してきました。まず、1Å以下の空間分解能を有する走査型透過電子顕微鏡 (STEM) を用いて粒界の原子構造やそこに濃化する不純物・溶質原子の存在を実空間で直接観察する手法を確立しました。また、STEM法とエネルギー分散型X線分光法 (EDS) を併用することにより、これまで不可能とされてきたジルコニア粒界における溶質偏析挙動を原子レベルで解明することに成功しました。さらに、複雑な粒界原子構造を効率的かつ正確に予測する手法として、粒界インフォマティクスを確立しました。

この手法を用いることにより、これまで探索空間が大きすぎて計算が不可能であった結晶粒界の構造を網羅的に予測することが可能になりました。この成果は結晶粒界を制御し、高性能で高機能なセラミックスを開発するための重要な基礎・基盤になると考えられます。

B. Feng et al. Nature comm. 7 (2016) 11079.
S. Kiyohara et al. Sci. Adv. 2 (2016) e1600746.

機能性酸化物表面上の機能元素の局所構造解明


TiO2(110)表面上に吸着した白金単原子の局所構造解明

貴金属ナノ粒子を担持した機能性酸化物表面は、高い触媒活性能をもつことが知られています。その起源は貴金属と酸化物表面との界面相互作用にあると考えられるため、電子・原子レベルから界面原子配列や電子状態を解明することが触媒機能設計には必要不可欠です。

本領域では、理論計算と実験電子顕微鏡解析との密接な連携研究を行い、ルチル構造の酸化チタン (110) 表面に担持した金および白金の単原子吸着構造と結合状態の解明に取り組みました。そして、金原子と白金原子とでは、吸着表面サイトと吸着安定性が大きく異なり、それらは酸化チタン表面上の異なる種類の酸素空孔に起因していることを突き止めました。とりわけ、白金原子の最安定吸着サイトとなるBasal酸素空孔は、長い歴史をもつ酸化チタン表面研究でも、これまでほとんど注目されてこなかった表面欠陥です。

本研究により、貴金属/酸化チタン界面の新しい吸着メカニズムを見出すことに成功し、これは触媒材料の基礎科学に大きなインパクトを与えると期待されます。

T.Y. Chang et al. Nano Lett. 14 (2014) 134; K. Matsunaga et al. Phys. Rev. B 90 (2014) 195303.
K. Matsunaga et al. J. Phys. Condens. Matter 28 (2016) 175002.

非負値テンソル分解法によるハイパースペクトルイメージ解析

サブナノメートルサイズの電子プローブを用いた走査イメージ (STEM像) と分光分析データは、一般的に指定領域の二次元座標に割り当てられた数値強度列という三次元以上の数値列 (テンソル) で記述される数学構造を持っています。装置の自動化によってもたらされる大容量の実験データから、先験的情報なしにそれらを構成する小数の特徴量を見出すことによって、ノイズの除去と構成成分スペクトル抽出/画像回復や重畳情報の分離とその空間マッピングが、可能となります。カウントデータ自体が常に非負である顕微/分光データでは、このような問題は「非負値テンソル分解 (NTF) 」と呼ばれています。この方法を活用すると、特に複合材料や異相界面で異なる化学状態を示すスペクトルが互いに重なっている電子エネルギー損失分光 (EELS) スペクトルを分離表示したり、信号/ノイズ比の小さいデータから重要な情報を抽出したりすることが可能になります。

本領域では、STEM-EELSスペクトラムイメージデータにこの手法を適用することで、強磁性体の界面局所磁気角運動量を原子面分解能で定量的に測定することに成功しました。これは、微細組織制御による強力磁石開発において、従来は実測が困難であった格子欠陥と磁性の関連を明らかにする方策を与えるものです。

J. Rusz, S. Muto et al. Nature. Comm. 7 (2016) 12672.
T. Thersleff, S. Muto et al. Sci. Rep. 7 (2017) 44802.

高圧合成による新規機能性材料の創製


高圧下で得られた立方晶窒化ホウ素 (cBN)
ダイヤモンド単結晶のヘテロ接合界面のHAADF-STEM像と理論予測

C.Chen, N. Shibata, T. Taniguchi, Y. Ikuhara et al. Nat. Comm. 6 (2015) 6327.

α-PbO2型TiO2の光触媒活性
H. Murata et al. Phys. Status Solidi RRL 8 (2014) 822.
H. Murata et al. J. Appl. Phys. 120 (2016) 142108.

ダイヤモンドをはじめとして高圧合成における物質の探索領域は広大で、ナノ構造情報を活用することで、希望する性質を持つ物質を効率良く探索することが必要です。さらに、高圧合成で得られる特異な界面構造の解析を基礎として新たな機能発現・設計が期待されます。一方、高圧下・高密度構造から常圧に回収される過程で別の結晶構造に相転移する物質や、非晶質に変化してしまう物質も少なくありません。

本領域では、先端電子顕微鏡観察による超微細構造解析チーム、第一原理計算チームとの連携のもと、ナノ構造情報の材料機能へのビルトイン、機能発現の基礎を抽出するための物質・材料創製技術として、高圧・高温プロセスを展開しました。

また、これまでに利用されていない新規物性の探索や、減圧の途中で変化してしまう高圧相に関する研究も進め、高活性光触媒の発見や、高圧相の回収指針の提案を行いました。これらの研究は、すでに知られている数多くの高圧相の活用にも道を拓くものです。